2004WAA同窓会講演
勝間 靖 氏
「タリバーン支配下のアフガニスタンでの国連の仕事をふりかえって
−−国際協力の意味を問う」

2004年5月22日に開催したWAA同窓会における、勝間靖氏の講演概要は以下の通りです。
---> 講演で使われたパワーポイントファイル
(9.7メガバイトありますので、ダウンロードする時はご注意下さい)
▼勝間氏の経歴とアフガニスタンでの活動
勝間氏は開発コンサルタントなどを経て、93−97年UWマディソンに在籍、開発学で博士号を取得しました。この間、ボリビアのスラムで調査研究に携わりました。博士号取得後、UNICEFに勤務し、メキシコで子どもの保護の仕事を経験した後、「もっと厳しい国」を希望して、2000年5月−2001年12月、タリバーン政権下のアフガニスタンで勤務しました。
▼教育現場を追われた女性たち
96年にアフガニスタンの国土の大半を制圧したタリバーン政権は、多くのことを禁じました。カメラを持ってはダメ、写真を写してはいけない、という具合です。女性は働くことは禁止され、女性の教師は職を失いました。女の子は学校教育を受けることを禁じられました。
▼女性たちのホーム・スクールとUNICEFの仕事
しかし職場を離れても、女性たちは希望を捨てませんでした。元女性教師たちは、自宅で近所の女の子を教え始めたのです。「ホーム・スクール」と呼ぶ寺子屋のような教育の場は、全国に何百とできました。
このホーム・スクールを支援するのが、UNICEFの仕事でした。そのためにタリバーンの宗教警察と交渉し、ホーム・スクールの活動を黙認してもらう努力を重ねました。また、ノートなど教材の供給にも取り組み、パキスタン北部から4000メートルの山を越えてロバで教材を運ぶオペレーションも展開しました。さらには、ホーム・スクールのネットワークを作り、「点」の動きを「面」にしようとしたのです。
▼バック・トゥー・スクール
タリバン政権崩壊後、学校教育が再開されました。2002年3月の就学開始時には、事前目標(180万人)を上回る300万人以上の子どもが学校に戻りました。生徒の30%は女性でした。青空教室やテント学校で授業を続ける状況が続きました。
今後は、アフガン教育省に自分で教育再建に取り組めるようにすることが最大の課題です。教材の供給、教員の研修、学校施設の整備も欠かせません。
▼国家再建と教育の意味
アフガンの再建を論じる中で、医療や食料などの緊急援助に比べて教育はそれほど重要か、と聞かれることがあります。確かに医療などが急を要するのは事実ですが、教育も極めて重要です。教育は子どもが非行に走るのを防ぎ、生きていく上で必要とされるライフスキルを身に付けさせ、未来に希望を持てるようにします。国づくりに欠かせないと、私たちは考えています。
▼貧困問題と世界
アフガンは世界から忘れられた間に国が荒廃し、アルカイダが拠点を築くなど、世界の不安定要因になりました。同じように貧困問題を抱え、閉塞感の中でイスラム原理主義が育っている国は、他にもあります。世界がこうした国を忘れることは、大きな危険をはぐくむことにつながります。国際的な共生のためにも、相手を知る努力は欠かせませし、国際協力が必要とされています。
▼参考ホームページ
(財)日本ユニセフ協会: http://www.unicef.or.jp
▼勝間靖氏
勝間氏は、カリフォルニア大学サンディエゴ校、国際基督教大学、大阪大学大学院などで学んだ後、UW
マディソンでPh.D.取得(開発社会学および開発経済学専攻)。2000年5月から2001年12月までユニセフのアフガニスタン事務所に勤務し、タリバーン支配下で保健、水と衛生、教育などの支援に携わりました。現在は駐日事務所プログラムコーディネーターとして、日本政府との政策協議などの活動をしています。兵庫県育ち、40歳。